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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1581号 判決

控訴人(第一審原告) 小澤敏彦

被控訴人(第一審被告) 細井正太

右訴訟代理人弁護士 瀬古啓三

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し金二六〇万七〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年五月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項1及び第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  控訴人の求める裁判

「1原判決を取り消す。2被控訴人は、控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和三八年八月二六日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人の求める裁判

「1本件控訴を棄却する。2控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二主張

一  控訴人の請求原因

1  被控訴人は、控訴人の兄小澤恒彦に対し東京都港区南青山六丁目一三番一七号宅地七八六・六五平方メートルのうち二五〇・八〇平方メートルを、普通建物所有の目的で賃貸し、小澤恒彦は、右賃借地上に木造瓦葺平家建居宅一棟建坪六八・四七平方メートル付属湯殿及び物置各一棟建坪各四・九五平方メートルを所有していた。

2  そして、小澤恒彦は、右賃借地上に一階部分に六畳一室、四畳半二室の貸室を、二階部分に六畳二室、四畳半二室の貸室を有する木造二階建アパート一棟を建築し、これを他に賃貸して収益をあげる目的で、昭和三六年一二月二五日頃には完成させる予定で、同年中に建築にとりかかり、同年九月二二日後記建築続行禁止の仮処分の執行を受けた際には、コンクリート基礎工事全部を完了し、便所、洗面所等の部分について防湿を目的とする間仕切用コンクリート・ブロックを用いた壁体を築造し、その後の建築工事を進めるための資材も整えていた。

3  しかるに被控訴人は、賃貸人として賃借人である小澤恒彦の賃借地使用を妨害してはならないにかかわらず、

(一) 右建築中のアパートにつき東京地方裁判所昭和三六年(ヨ)第五八三四号の建築工事続行禁止を命ずる仮処分決定を得て、昭和三六年九月二二日執行し、小澤恒彦が昭和三九年五月七日右仮処分決定の取消を命じる判決を得て同月一五日執行の解放を得るまで、その執行を続行し、

(二) 前記1の建物につき東京地方裁判所昭和三六年(ヨ)第六六二六号現状変更禁止を命ずる仮処分決定を得て昭和三六年一〇月三一日執行し、小澤恒彦が昭和三九年五月七日右仮処分決定の取消を命じる判決を得て同月一五日執行の解放を得るまで、その執行を続行し、

(三) さらに、小澤恒彦に対し右二棟の建物を収去し賃借地の明渡を求める訴えを提起し(東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第八四六〇号事件)、昭和三七年一一月二八日敗訴の判決があったにもかかわらず、控訴して(東京高等裁判所昭和三七年(ネ)第二八五一号)、昭和三八年八月一六日控訴棄却の判決を受けながら、さらに上告した。この上告に対しては昭和三八年一二月九日上告却下の決定があった。

4  右の被控訴人の債務不履行によって、小澤恒彦は次のとおり損害を蒙った。

(一) 相談費用金五〇〇〇円 右3の(一)及び(二)の仮処分の執行に対処するため、小澤恒彦は、弁護士川口庄蔵から法律上の助言を受けたので、その相談費用金五〇〇〇円を昭和三九年六月六日同弁護士に支払った。

(二) 弁護士費用(東京地方裁判所分)金二五万円 右3(三)の訴訟を提起されたために、応訴する必要上小澤恒彦は弁護士川口庄蔵に訴訟委任し、手数料として金二五万円を支払う旨約し、昭和三六年一一月一一日一〇万円、同年一二月二〇日六万円、昭和三七年二月一〇日五万円及びその頃四万円の合計二五万円を支払った。

(三) 弁護士費用(東京高等裁判所分)金一五万円 右3(三)のとおり被控訴人から控訴を提起されたために、小澤恒彦は同弁護士に再び訴訟委任し、手数料として金一五万円を支払う旨約し、これを昭和三八年二月二日五万円、同年七月六日五万円、同年八月一七日五万円に分けて支払った。

(四) 下水、漏水等の補修工事代金一二万円 右3の(二)の現状変更禁止仮処分の結果、漏水していた水道や故障していた下水の改修工事は、右仮処分の執行の趣旨に反すると考え右工事をしないでおいたところ、右の故障個所の損傷が拡大し、その補修のために仮処分執行解放後訴外中島水道工業所に依頼して工事をすることを余儀なくされたが、その工事費として金一二万円を要し、同工業所に昭和四〇年九月一八日八万円、同年一〇月二一日四万円を支払った。

(五) 雨樋補修代金三万円 右3の(二)の現状変更禁止仮処分の結果、破損した雨樋を修理することも右仮処分の執行の趣旨に反すると考え、これをしないでおいたところ、修理が困難となり、仮処分執行解放後訴外有限会社大成板金工業所に依頼して修理をしたが、金三万円を要し、昭和四〇年一二月七日同工業所にこれを支払った。

(六) 砂利、鉄筋、ブロックの不使用代金二万七〇〇〇円 前述のとおりアパート建築のため資材として砂利、鉄筋、ブロックを購入して置いたところ、建築途中で続行禁止仮処分の執行を受け、それが長期間続いたため、その間に未使用の砂利、鉄筋、ブロックの購入価格にして金二万七〇〇〇円相当が使用に堪えなくなって、同額の損害を蒙った。

(七) 謄本料、通信費等金一二六五円 控訴人から前記仮処分を執行され、訴え等を提起されたので、これに対応するため、謄本等の交付を受け、書類を送付する必要上上記金員を要した。

(八) 得べかりし賃料金三〇〇万円 前記のとおり計画したアパートは建築途中で工事を禁止されたが、この仮処分の執行がなかったならば、昭和三六年一二月二五日頃には完成し、以後仮処分の執行が解放された昭和三九年五月一五日までの間にアパートを賃貸した賃料収入から必要経費を差し引いた一か月一〇万円の収益をあげえたものであって、仮処分執行期間三〇か月分の右収益は合計三〇〇万円となる。

(九) 慰藉料金四〇万円 小澤恒彦は、被控訴人の前記行為により精神的に多大な損害を受けたが、これを慰藉するには金四〇万円が相当である。

5  右の損害は、被控訴人の債務不履行によるものであるから被控訴人は小澤恒彦に対し右損害を賠償すべき義務がある。債務不履行でないとしても、被控訴人の前記3の仮処分の執行、訴えの提起等は不法行為にあたるから、右損害を賠償すべき義務がある。

6  小澤恒彦は、昭和四二年二月一五日被控訴人に対する右の損害賠償請求権を控訴人に譲渡し、昭和四三年二月一七日その旨を被控訴人に通知し、そのころ右通知は被控訴人に到達した。

7  よって、被控訴人は控訴人に対し、前記損害の合計金三九八万三二六五円とこれに対する昭和三八年八月二六日以降支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。右債務不履行もしくは不法行為による各請求は選択的にこれをする。

二  請求原因に対する被控訴人の答弁

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実を否認する。小澤恒彦は、賃借地上に鉄筋ブロック造三階建の堅固な建物を建築しはじめたのである。

3  同3の(一)から(三)までの事実を認める。しかし、これらの仮処分の執行、訴えの提起等は、後記のとおり、小澤恒彦が堅固な建物の建築をし契約に違反したため、正当な権利の行使としてしたものである。

4  同4の(一)から(七)までの事実は知らない。同(八)及び(九)の事実を否認する。同(四)及び(五)の、水道、下水、雨樋等の修理は、現状変更禁止の仮処分が執行されても、執行官に申し出てすることができるのであるから、損害賠償を請求することはできないものである。

5  同5の主張を争う。控訴人は従前不法行為として主張していたものを、控訴審の昭和五〇年五月二六日第九回口頭弁論期日においてはじめて債務不履行の主張を追加したものであるが、これは時機に遅れた攻撃防御方法の提出であるから、却下を求める。

6  同6の事実のうち、控訴人主張の通知が被控訴人に到達したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  被控訴人の抗弁

1  前記仮処分の執行及び訴えの提起等は、被控訴人の正当な権利の行使としてしたものであり、債務不履行もしくは不法行為とはならない。仮に正当な権利の行使でなかったとしても、正当であると信じて仮処分等をしたもので過失はない。すなわち、昭和三六年秋港区役所赤坂支所土木課員が被控訴人方を訪ねて来て、借地人小澤恒彦が木造建物の建築許可願を提出したので実地見分したところ、鉄筋ブロック建物を建てる土台を造りはじめているが、被控訴人においてこれを承知しているかとの照会があった。被控訴人は驚いて直ちに小澤方へ出掛けていき調べてみたところ、小澤恒彦が既に基礎部分の工事を完了し鉄筋ブロックを地上約二、三尺位まで積み上げ中であることを実見したので、その道の専門家である右課員の言葉どおり鉄筋ブロック造三階建の堅固な建物を建築中であると判断し、まずこの契約違反行為の中止を求めたが拒絶されたので、昭和三六年九月二一日到達の内容証明郵便で小澤恒彦に対して賃貸借解除の意思表示をした。そして右小澤恒彦に対する賃貸地明渡請求権の実行を確保するため、これを被保全権利として、控訴人主張の仮処分決定を得て執行し、本案訴訟を提起したものである。

2  仮に小澤恒彦が被控訴人に対し損害賠償請求権を有していたとしても、同人は、原告被控訴人被告小澤恒彦間の東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第三八二八号建物収去土地明渡請求事件の昭和四〇年一〇月二一日の口頭弁論期日において裁判上の和解が成立した際、右損害賠償等の請求をしない旨確約し、この請求権を放棄した。

3  仮に被控訴人の仮処分の執行等が不法行為にあたるとしても、小澤恒彦は本案訴訟の上告却下決定を昭和三八年一二月一九日に送達を受け、勝訴に確定したことを知ったものであり、この時点で同人は民法七二四条にいう損害及び加害者を知ったのであるから、これから三年後の昭和四一年一二月一九日の経過により右損害賠償請求権は時効により消滅したものであって、被控訴人は、昭和四五年五月七日の原審準備手続期日において右時効を援用した。

四  抗弁に対する控訴人の答弁

1  抗弁1のうち被控訴人主張の解除の意思表示があった事実は認めるが、その余の事実は否認する。小澤恒彦が建築に着手したアパートは、その基礎工事から明らかなとおり、被控訴人の主張するような鉄筋ブロック三階建の堅固な建物ではなく、被控訴人はこのことを十分承知しながら、小澤恒彦らに嫌がらせをするため仮処分を申請するなどしたものであり、その執行の際、執行官から明らかに鉄筋ブロック三階建とは認定できないから、和解をしたらどうかと勧められたほどである。

2  同2の事実を否認する。

3  同3の主張を争う。前記仮処分の執行が解放されたのは、昭和三九年五月一五日でそれまで不法行為が継続していたものであって、消滅時効期間は右の日以降開始するものである。

第三証拠《省略》

理由

一  控訴人の請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

そして《証拠省略》によれば、小澤恒彦は、本件賃借地上に、一階部分に六畳一室と四畳半二室、二階部分に六畳二室と四畳半二室を有する木造二階建アパートを、建築士をしている弟の控訴人に依頼して金二〇〇万円程度の建築費で建てることを計画し、昭和三六年一二月に完成させる予定で同年五月頃建築に着手し、同年九月二二日建築続行禁止の後記仮処分を受けた際には、コンクリート基礎工事全部を完成し、一階部分の便所、洗面所等の部分について防湿を目的とする間仕切用コンクリート・ブロックを用いた壁体を築造するまでに至っていたこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  しかして、被控訴人が請求原因3の(一)から(三)までに記載のとおりの各仮処分の決定を得てこれを執行しその執行が昭和三九年五月一五日まで解放されなかったこと、また被控訴人が控訴人主張の建物収去土地明渡を求める訴えを提起し、敗訴しながら控訴、上告したが結局昭和三八年一二月九日上告却下の決定により被控訴人の敗訴が確定したことは、当事者間に争いがないところである。

被控訴人は、右のとおり仮処分をし、本訴を提起する等したのは、小澤恒彦が賃借地上に鉄筋ブロック三階建の堅固な建物を建築しはじめたからであり、これを理由に賃貸借を解除したものであって、その明渡請求権を確保するため、本件各仮処分をし訴えを提起したのは正当な権利の行使であると主張するけれども、前記一に認定したとおり、小澤恒彦は木造二階建アパートの普通建物の建築をはじめたのであって、被控訴人主張の堅固な建物を建てはじめた事実を認めるべき証拠はないから、右正当な権利の行使であるとの主張は採用することができないものである。しかして、被控訴人が小澤恒彦に本件土地を賃貸していたことは、当事者間に争いがないから、被控訴人は小澤恒彦に対して堅固でない建物を建築するなどの本件土地の使用を妨げてはならない義務を負っているのであって、被控訴人に過失がなかったことを証明しない限り、被控訴人は、前記各仮処分の執行及び訴えの提起等によって小澤恒彦に生じた損害について、債務不履行を理由とする賠償責任を免れえないものである。

被控訴人は、控訴人が右債務不履行の主張をしたのは、当審第九回口頭弁論期日になってからであるから時機に後れた攻撃防御方法として却下を求めると主張するけれども、控訴人の従前の不法行為の主張と新たな債務不履行の主張とは、法的観点を異にするのみで事実関係に異るところはないのであって、時機に後れて提出されたものとはいえないから、被控訴人の右主張は採用しない。

そこで被控訴人の過失の有無について検討すると、《証拠省略》によれば、右仮処分が執行された当時までの工事の進捗状況は、前述のとおり、コンクリート基礎工事全部が完成し、便所、洗面所等の部分にブロック積の壁体が出来上っていたものであるが、右コンクリート基礎の布巾、コンクリート基礎に埋込まれたアンカーボルトの経及び間隔等では、とうてい被控訴人が主張するような鉄筋コンクリートブロック造三階建建物を建築するにたえないものであって、その築造は不可能であり、また右壁体の部分に用いられたブロックも、最も厚みの少い軽量ブロックであって、ブロック建築の完全な壁体に用いることができず、ただ便所等の湿気防止及び間仕切程度に用いることができるにすぎないものであったこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右すべき証拠はない。しかして、被控訴人が右仮処分を申請する前に、建築現場を実地に調査したことは、同人の自認するところであって、右の工事の状況を認識しえたはずのものであり、仮に自分一人では判断がつかなければ専門家に依頼すれば、右の工事の状況をみて、鉄筋ブロック三階建の建築であると誤認するはずはないと考えられる。乙第六号証には、港区役所赤坂支所土木課員が、実地見分して鉄筋ブロック造建物を建築中であると被控訴人に連絡してくれた旨の記載があるが、専門家である建築課員が右の工事の状況を実地見分して、右のとおり誤認することは考え難いのであって、右乙号証の記載内容は信用できない。以上の他先の認定を左右する証拠はないのであって、そうであれば、被控訴人に過失がなかったとは認め難く、かえって、右証拠によると被控訴人に十分な調査をしないまま、前記仮処分をし及び訴えを提起した等の過失を認めることができる。さらに、前記認定したところによれば、被控訴人は、昭和三八年一二月九日上告却下の決定を受け、本案訴訟での敗訴が確定したにもかかわらず、なおその保全処分である前記各仮処分の執行を解放せず、昭和三九年五月一五日まで執行を続行したものであって、この点の責任は重いものといわねばならない。

三  そこで、被控訴人の右債務不履行により小澤恒彦が蒙った損害について検討する。

1  相談費用金五〇〇〇円について

《証拠省略》によれば、小澤恒彦は昭和三九年六月六日弁護士川口庄蔵に対し相談料として金五〇〇〇円を支払った事実を認めることができる。しかしながら、右の日までには、すでに被控訴人が提起した訴訟は同人の敗訴に確定し、また仮処分の執行も解放されていたのであるから、右の日に右仮処分又は訴訟に関して川口弁護士と相談したとは考えられず、また右仮処分の執行の解放を得るための手数料としては、《証拠省略》によれば川口弁護士に金三万円を支払った事実が認められるので、右金五〇〇〇円はこの手数料の未払分とも認められないので、結局この相談費用が、被控訴人の前記債務不履行による出費であるとの証拠はないものといわねばならない。

2  弁護士費用(東京地方裁判所分)金二五万円及び同(東京高等裁判所分)金一五万円について

《証拠省略》によれば、小澤恒彦は、被控訴人から前記訴訟を提起され、又控訴されたので、これに応訴する必要上、川口庄蔵弁護士に訴訟委任し、一審東京地方裁判所分は手数料金二五万円、二審東京高等裁判所分は手数料一五万円を支払う旨約し、これを控訴人主張の日に支払った事実が認められ、この認定を左右すべき証拠はない。右の手数料の額は、右の訴訟の内容に照して相当の範囲内にあるものと認められるので、被控訴人は、右弁護士費用合計金四〇万円の損害を賠償すべきである。

3  下水、漏水等の補修工事代金一二万円及び雨樋補修代金三万円について

《証拠省略》によれば、現況変更禁止の仮処分執行解放後に、控訴人主張の補修工事をし、その主張どおりの工事代金を支払った事実を認めることができる。ところで、現状変更禁止の仮処分が執行されている場合であっても、少くとも錆びた雨樋の補修のためペンキやコールタールを塗るなどの通常の保存行為まで禁止されているのでないことは明らかであり、仮処分執行担当の執行吏(当時の名称による)がこのような保存行為まで制限するとは考えられないところである(控訴人は執行吏が制限したかのように供述するが信用し難い。)。従って、雨樋の補修工事が長期間制限されたことを理由とする損害の賠償請求は理由がないものといわねばならない。他方下水、漏水等の補修については、控訴人の尋問結果によると、漏水等によって建物の一部に水が浸透し、それが長期間にわたったためとうとう建物の一部が腐ってしまったというのであって、その補修工事が右仮処分の現状変更禁止にもかかわらず許されるかどうかの判断は、必ずしも雨樋にペンキ等を塗る場合ほど容易なものとはいえない。これが許されないものと判断して補修工事を手控えていたとしても、無理からぬものがあるといわねばならないから、この補修工事代金一二万円は、仮処分の執行による損害と認めるのが相当である。

4  砂利、鉄筋、ブロックの不使用代金二万七〇〇〇円について

《証拠省略》によると、小澤恒彦がアパート建築の資材として購入しておいた砂利、鉄筋、ブロックで仮処分執行当時未使用のもの二万七〇〇〇円相当が、長期にわたる執行期間中に使用に堪えなくなり、仮処分の執行によって同額の損害を蒙った事実を認めることができる。

5  謄本料、通信費等金一二六五円について

《証拠省略》によれば、小澤恒彦は控訴人主張の謄本料等を支出した事実を認めることができるが、右の謄本料は、《証拠省略》によれば昭和四一年八月四日及び同四二年一月七日に東京地方裁判所執行吏役場又は執行官に支払ったもの、右の通信費は《証拠省略》によれば昭和四〇年一一月二〇日及び同月一八日に被控訴人に宛てた郵便物について支出したものと認められるので、前記の仮処分の執行及び訴えの提起等と時期的にも異なり、これらの債務不履行に関して支出を余儀なくされたものと認めるべき証拠はない。

6  得べかりし賃料金三〇〇万円について

《証拠省略》によれば、被控訴人による仮処分の執行がなかりせば、小澤恒彦は計画どおりのアパートを昭和三六年一二月二五日までには完成し、これより右執行が解放せられた昭和三九年五月一五日まで二八か月間アパートの各室を賃貸して収益をあげえたものと認められるところ、《証拠省略》によると右賃貸により得られる賃料は、右の期間一か月九万五三〇〇円であったものと認められる。この認定を左右すべき証拠はない。これに対し右アパートの建築費は、右小澤恒彦の証言によれば、金二〇〇万円であったものと認められる。また賃借地の地代は《証拠省略》によれば昭和三六年四月被控訴人が小澤恒彦に対し一か月坪当り金五〇円に増額請求していたものであり、右アパートの敷地は賃借地の半分を超えないものと認められるから、大きく見積っても一か月当り三八坪に五〇円を乗じた一九〇〇円である。そうとすると、必要経費としては、右の地代と、建物の維持修繕費が右建築費の年間五パーセントの一〇万円で一か月八三三三円、火災保険料が建築費の年間〇・三パーセント六〇〇〇円で一か月五〇〇円、減価償却費が年間一〇万円(二〇年間の定額法による。)で一か月八三三三円、管理費が賃料の五パーセントで一か月四七六五円の合計一か月当り金二万三八三一円に建物の固定資産税若干を要するものと認められる。この認定を左右すべき証拠はない。そうとすると、小澤恒彦は前記仮処分執行がなかりせば、二八か月間にわたって一か月七万円の賃料による収益をあげえたものと認められるところ、右賃借土地にアパートを建築しこれを賃貸するのは、右土地の位置等からすると通常予想される使用方法であって異とするに足りないから、仮処分により建築を禁止すれば、右のような得べかりし収益の損害が発生することは被控訴人にとって予見できるものであったと認められ、この認定を動かすべき証拠もない。それ故、被控訴人は小澤恒彦に対し右の損害合計金一九六万円を支払うべき義務がある。

7  慰藉料金四〇万円について

《証拠省略》によれば、被控訴人は、賃貸人として賃借人の土地使用を確保し、いやしくもこれを妨害してはならない義務があるのに、事実に反する主張をして仮処分の執行をし明渡の訴えを提起し、さらに敗訴後も上記執行を続行するなど執拗に妨害を加えたため、小澤恒彦は、単に財産上損害を蒙ったばかりでなく、財産上の損害を償われただけでは慰藉されえない精神的苦痛を受け、また財産上の損害についても、前記三の1に認定した仮処分の執行の解放を得るために要した手数料などをはじめとして、個別に請求している以外の種々の評価困難な損害を蒙った事実を推認することができ、この認定を左右すべき証拠はない。そうだとすると、被控訴人は、右の慰藉料として金一〇万円を支払うべき義務がある。

四  以上認定したところによれば、被控訴人は小澤恒彦に対して、右の損害合計金二六〇万七〇〇〇円と、本件は仮処分の執行が解放されるまでの継続的な債務不履行であり損害もその間に生じたものである(損害の一部補修工事代金は、右執行解放後に支払われているが、補修工事を要する損害自体はすでに仮処分の執行中に生じていたものであり、右工事代金を支払う前でも右代金相当分の損害賠償を請求できたものであることは明らかである。)ので、右債務不履行の終了時である執行解放の時に右損害の賠償金を一括して支払うべきものであったと解されるから、執行解放の日の翌日である昭和三九年五月一六日以降右に対する民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負っていたものである。

そして、《証拠省略》によれば、小澤恒彦が右損害賠償債権を控訴人に昭和四二年二月一五日に譲渡し、昭和四三年二月一七日付の通知書でその旨を被控訴人に通知した事実が認められ、この通知書がその頃被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがないところである。

五  これに対し、被控訴人は、被控訴人を原告、小澤恒彦を被告とする東京地方裁判所昭和三九年(ワ)第三八二八号建物収去土地明渡請求事件の昭和四〇年一〇月二一日第一二回口頭弁論期日に成立した裁判上の和解の際、小澤恒彦は、損害賠償をしない旨を誓約し損害賠償請求権を放棄した旨主張し、《証拠省略》を提出しており、当審証人細井美代も同旨の証言をしている。しかしながら、《証拠省略》によれば、右昭和三九年の明渡請求訴訟は、すでに被控訴人の敗訴が確定した前記訴訟の蒸し返しであって、小澤恒彦は弁護士に依頼せずに応訴していたところ、一〇回以上の弁論が重ねられた後に担当裁判官から和解を強くすすめられた結果、金五万円の示談金さえ支払えば応訴の繁から免れることができると考え、右蒸し返しの訴訟を終らせることだけが目的で和解に応じたこと、そして、その際従前の仮処分等によって蒙った損害については、何らの合意等もせず、放棄する約束等はしなかったこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》それ故右被控訴人の主張は採用できないものである。

六  以上認定判断したところによれば、控訴人の請求は、金二六〇万七〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年五月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は理由がなく棄却すべきである。なお、控訴人は、選択的に不法行為を理由として請求しているが、不法行為を理由としても、前記認定判断したところによれば、右棄却部分については控訴人の請求を認容することができない。

よって原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条及び八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 糟谷忠男 浅生重機)

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